1 もう、国選刑事事件について登録をはずしたので、現在は、国選刑事事件が配点されることがないのだけど、昔、それも弁護士になりたてのころの国選刑事事件について、記憶にのこっているものを書きたいと思います。
記憶をもとにした私のメモ書きを生成AIで小説風にしてもらいました。
貧しき母子の弁護と情状
第一章:路傍の影、若き弁護士の憂い
福岡の街角に、まだ真新しいスーツの匂いを纏う一人の若き弁護士がいた。弁護士になって間もない頃、おそらく国選弁護人を担当した最初か二番目の事件だったと記憶している。被疑事実は窃盗。被害額は数千円から数万円程度と、決して巨額ではないが、その背後にある人間の営みは、彼にとって重い問いかけとなった。被疑者――仮に「彼」と呼ぼう――は、ホームレスだった。母親と共に、福岡の片隅にある公園に粗末な仮住まいを築き、日雇いの工事で細々と生計を立てていたという。
数ヶ月、仕事がない期間が続いた。空腹は彼らの唯一の、そして最も容赦ない追手だった。耐えかねた「彼」は、以前働いていた工事現場から道具を持ち出し、質屋で換金して生活費に充てたという。それは罪であり、彼はそれを否定しなかった。
接見室で、彼は真っ直ぐに弁護士の目を見た。「悪いことをしたとは思っています。食うためだったとはいえ、罪は償いたいです」。その言葉に嘘偽りはなかった。だが、彼の瞳の奥には、故郷や未来への諦念とは違う、もっと切実な光が宿っていた。「住んでいるところにいる母と、飼っていた犬が心配でなりません」。弁護士は、胸の奥に微かな痛みを感じた。罪を犯した彼の、あまりにも人間的な願いだった。
自白事件において、情状酌量を得るには、近親者を情状証人として呼び、今後の監督を約束させるのが通例だ。そう習い、また、そうあるべきだと思い込んでいた。しかし、彼らの住まいは公園だ。ホームレスである母親を、裁判所の堅苦しい場に呼んで良いものか。弁護士は迷った。彼らの尊厳を傷つけることにならないだろうか。しかし、「彼」は言った。「呼んでください。母が元気か心配なんです」。その言葉に、弁護士は決意した。
第二章:公園のテント、母の背中
母親との連絡手段はない。電話もない場所にいるのだから、直接公園へ赴くしかない。それは、弁護士にとって未知の世界への一歩だった。
「彼」は、弁護士が母親に会うことを心底心配していた。何も食べていないのではないか、と。弁護士は、近所の「ほっかほっか弁当」で幕の内弁当を二つ買い、ペットボトルのお茶を二リットルも携えて公園へと向かった。まだ夏を思わせる日差しが、アスファルトを揺らめかせている。
公園に着いても、どこにいるか見当もつかない。だが、「彼」は教えてくれていた。「僕の名前を出して、母親はどこかと聞けば、この公園のホームレスはみんな知っていますよ」。半信半疑で、近くにいたホームレスの一人に声をかけた。「彼の母親はどこにいますか?」。すると、男はすぐに答えた。「ばあちゃん? ばあちゃんはあそこのテントにいるよ」。
指示されたテントへ向かう。そこには、想像していたよりもずっと小柄な女性がいた。背中が丸まり、顔の深い皺が、彼女が背負ってきた人生の重みを物語っていた。これが、「彼」の母親、「ばあちゃん」だった。
弁護士は、彼の状況、彼がどれほど母親を案じているかを伝えた。そして、裁判の際に証人として少し話してほしい、と頼んだ。母親は、息子が捕まったことは人伝に聞いていたが、会いに行くこともできず、ただ案じるばかりだったという。話を聞き終えた彼女は、安堵したように見えた。「子供のためであれば、何でもします」。その言葉に、弁護士の胸は熱くなった。
裁判所へは地下鉄に乗らなければならない。往復の電車賃を渡し、一人で来れるか尋ねると、「公園の知り合いについてきてもらうから大丈夫だよ」と、彼女は小さな声で答えた。
話が終わり、持参した弁当と飲み物を差し出した。「彼も心配していました。よかったら召し上がってください」。母親は深々と頭を下げ、心から感謝の言葉を述べた。その姿を見て、弁護士は再び悩んだ。苦労を重ね、遠出もままならないであろうホームレスの彼女を、裁判所という厳かな場に呼ぶことは、本当に正しかったのか。だが、改めて「彼」に母親の様子を伝えると、彼は心底安心し、食べ物を届けたことに感謝した。母親もまた、裁判所に行きたくないとは言わなかった。ひょっとしたら、悩んでいたのは自分だけだったのかもしれない。
第三章:裁きの日の、犬の涙
裁判の日程が迫り、最終確認のため、弁護士は再び公園を訪れた。前回と同じように、弁当と飲み物を持参して。当時はまだ物価が安く、二つのお弁当と飲み物を買っても千円程度だった記憶がある。
再び会った母親は、前回の食べ物のお礼を言ってくれた。やはり持ってきてよかった、と弁護士は思った。母親には、裁判で話すことを簡潔に三点だけ伝えた。「息子が二度と犯罪を犯さないように監督すること。仕事ができるなら仕事をさせること。住む家や収入については役所に相談すること」。彼女は普通の会話はできるが、難しい話は分からないと繰り返す人だったから、最小限に留めた。
だが、その時、ある痛ましい事実が告げられた。前回いたはずの犬がいなかったのだ。母親は悲しそうに話した。保健所の人が来て、ちゃんとした家の飼い犬ではないからと、野良犬として連れて行ってしまったという。おそらく、処分されてしまったのだろうと。弁護士の胸に、重い鉛が落ちた。この事実が、「彼」にどれほどの衝撃を与えるか、容易に想像できた。
裁判当日、心配していた母親は、時間通りに裁判所に来ていた。証人は宣誓書に氏名等を書くのだが、彼女はひらがなしか書けないという。ひらがなで名前を書いてもらった時、書記官は困った顔をしたが、母親の姿を見て、何も言えない雰囲気だった。
裁判手続きは、自白事件の通例どおり、滞りなく進んだ。そして、いよいよ母親の尋問が始まった。弁護側からは、前述の三点を、二、三分で最小限に話してもらった。その後、検察側の反対尋問、裁判所の補充尋問へと移るのが常だ。通常であれば、検察官から「今回の事件も監督できなかったのに、今後本当に監督できるのですか!!」などと、厳しい詰問が飛ぶはずだった。しかし、この日の検察官も裁判官も、母親の佇まいを見て、厳しく問い質す気は全くないようだった。質問は一切なかったと記憶している。
次に、被告人質問へと移った。「彼」が証言台に立った時、弁護士は敢えて、処分された犬の話を尋ねた。その瞬間、「彼」は堰を切ったように泣き始めた。
「自分が捕まっていなければ、犬をどうにかして処分されないようにできたはずだ。捕まったことで、取り返しのつかないことになってしまった」。彼は嗚咽をこらえながら、二度とこのようなことはしないと誓った。そして、母親にも裁判所に来るような迷惑をかけたことを詫び、今は金がないが、仕事をしたり行政に相談をして生活を安定させ、いつか必ず被害弁償をしたいと語った。彼の言葉は、法廷に静かに響き渡り、傍聴席の誰もが、彼の心からの悔恨を感じ取った。
第四章:静寂の別れ、記憶の片隅
一週間か二週間後、判決が下された。結果は、執行猶予付きの懲役刑。彼は釈放され、自由の身となって帰っていった。弁護士は、それきり「彼」や彼の母親と会うことはなかった。
しばらくして、彼らが住んでいた公園について、耳にする機会があった。ホームレスの一斉退去作業が行われ、公園からは彼らの姿が消えたと。彼らが行政の助けを得て、どこか新しい場所で、ささやかながらも安寧を得られていることを願うばかりだった。
その後、弁護士は他にもホームレスの窃盗事件の国選弁護を担当することがあった。しかし、「彼」以外のほとんどは、独り身で前科もあり、刑務所行きがほぼ確定しているような事案ばかりだった。彼のように、母親に会いに行くようなことは、二度としなかった。
だからこそ、この事件は弁護士の心に深く刻まれている。貧しさの淵で、それでも互いを想い、小さな命を慈しんだ母子の物語。そして、彼らが踏み入れた過ちに対し、社会が、人が、どのような眼差しを向けるべきか。あの日の法廷で、犬の死を悔やんで泣き崩れた「彼」の姿と、ひらがなで署名した母親の小さな手が、今も、彼の胸の片隅に静かに息づいていた。
瀬戸法律事務所 弁護士 瀬戸伸一
0 件のコメント:
コメントを投稿